七年の間繰り返し思っていたのは、両親から受け継いだ記憶。
空、樹、土、雨、鳥。一度も見たことはないけれど、全部しっている。
眠りから覚め、ぼくは地上を目指し上へと掘り進んだ。やがて記憶にはない硬い物に突き当たったので、空気の匂いがわずかに強い西へと方向を変えた。先に行った兄弟達が掘った道に出ると、その匂いがぐんと強くなった。
記憶にない硬い物の隙間に手をかけて、よいしょと地上に這い出た。記憶にある夜明け前の明るさがあった。
辺りを見渡すと、硬い物から生えた草がいくつもあった。兄弟達が着替えた跡もある。ぼくもそこで着替えを済ませよう。そう思い草へ向かったところで鳥に咥えられた。
躰が壊れてゆくバキバキという音を聞きながら、遠くなる地面を見ていた。よくしっている見慣れた光景だった。
兄弟たちの声が遠くに聞こえる。ぼくが今日こうして鳥に捕らえられたことで助かった兄弟たちの声だ。
地面がさらに遠くなり、空が近くなってきた。
ひとつ、またひとつと増えてゆく兄弟たちの声が小さくなる。地面も空も見えなくなってきた。
ぼくは、ぼくの役目を果たした。
うれしくて
ニソップ物語 10
「蝉」
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